日本の問題

関税戦争

学習院大学国際社会科学部教授
伊藤元重 氏

研究者としてのキャリアを歩み始めたころ、関税戦争についての学術論文を随分読んだ。それぞれの国は関税を引上げる政治的な誘因を持っている。国内の産業を守れるからだ。

特に景気が悪い時にはそうした誘因が強く働きがちだ。1930年代の世界恐慌の時代には、多くの国が率先して関税の引上げをしたので、結果的に世界の貿易が急速に縮小し、すべての国が大きな被害を受けることになった。みんなが協力して関税を撤廃すれば、それがどの国にとっても良いことになるのだが、そうした合意が実現するのは簡単ではない。当時読んだ学術論文には、そうした複雑な政治プロセスのことがいろいろ書いてあった。

幸か不幸か、この20年ほど、若いころ勉強した関税戦争について真剣に考える機会はなかった。現実の世界で関税戦争が起きなかったからだ。WTO(世界貿易機関)の下での自由貿易体制がしっかりと機能し、経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)の交渉・締結が活発に行われて関税は縮小の方向に進んだ。

残念ながら、トランプ政権の登場によってそうした環境は激変している。トランプ政権の関税引上げは、WTOのルールに明白に挑戦するものであるし、中国との間では厳しい関税戦争を繰り広げている。

若いころ読んだ関税戦争の文献をもう一度読み返す必要があるのかもしれない。

2019年6月10日

過去記事一覧

伊藤元重 氏

1951年生まれ。
米国ヒューストン大学経済学部助教授、東京大学経済学部助教授などを経て1993~2016年東京大学の経済学部と大学院経済学研究科の教授を歴任。2007~2009年は大学院経済学研究科研究科長(経済学部長)。現在、学習院大学国際社会科学部教授、東京大学名誉教授。
【伊藤元重研究室】

伊藤元重(いとう もとしげ)